人間の業 ― 綺麗事の裏側 第96話:第4回 抗がん剤だけではない「癌の薬」

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    人間の業 ― 綺麗事の裏側 第96話副題:癌を直接叩く薬から、癌の弱点を狙う薬まで「癌になったら、抗がん剤を使う」多くの人は、そんなイメージを持っているのではないだろうか。確かに、癌の治療では抗がん剤が重要な役割を果たしてきた。だが、現在の癌治療を「抗がん剤」という一言だけで理解するのは難しい。癌に使われる薬には、いくつもの種類がある。癌細胞そのものを攻撃する薬。癌細胞が増えるために必要な仕組みを狙う薬。ホルモンを利用して増える癌の、その仕組みを断つ薬。そして、癌によってブレーキをかけられた免疫の働きを取り戻す薬。国立がん研究センターでは、癌の薬 物療法を大きく「化学療法」「分子標的療法」「内分泌療法(ホルモン療法)」「免疫療法」などに分類している。つまり、「癌の薬=抗がん剤」ではない。ここを知っておくことは、癌という病気を理解するうえで意外に重要なのである。--- 昔ながらの「抗がん剤」まず、昔から使われてきたタイプの薬がある。いわゆる「細胞障害性抗がん薬」だ。癌細胞は、正常な細胞に比べて盛んに増殖する。そこで、細胞が増える仕組みを邪魔する。癌細胞を直接攻撃することで、癌を小さくしたり、増殖を抑えたりするのである。しかし、ここには一つの問題がある。癌細胞だけが増殖しているわけではない。正常な細胞の中にも、盛んに増殖しているものがある。そのため、癌細胞を攻撃する一方で、正常な細胞にも影響が及ぶ。抗がん剤で髪が抜けたり、吐き気がしたり、血液を作る機能が低下したりすることがあるのは、そのためだ。もちろん、すべての抗がん剤で同じ副作用が起こるわけではない。薬によって作用も副作用も違う。だが、「癌を攻撃する薬だから、癌だけを攻撃してくれる」という単純な話ではない。そこに癌治療の難しさがある。--- 癌の「弱点」を狙う薬そこで登場してきたのが、分子標的薬だ。名前だけ聞くと難しそうだが、考え方は意外に分かりやすい。癌細胞には、癌が増殖するために利用している特定のタンパク質や分子が存在することがある。ならば、「癌そのものを無差別に攻撃するのではなく、癌が頼っている仕組みを狙えばいい」という発想になる。これが分子標的療法である。例えば、癌細胞が特定の分子を利用して増殖しているなら、その分子の働きを邪魔する。国立がん研究センターも、分子標的薬について、癌の発生や増殖に関わるタンパク質などを標的として、その機能を抑える薬と説明している。ただし、ここでも注意が必要だ。「分子標的薬なら副作用がない」という意味ではない。標的となる分子は、癌だけに存在するとは限らないからだ。だから、分子標的薬にも副作用はある。それでも、「癌の弱点を探して、そこを狙う」という考え方は、癌治療を大きく変えてきた。--- 癌は「遺伝子の病気」でもあるここから、さらに話は複雑になる。癌細胞では、遺伝子にさまざまな変化が起こっている。その変化によって、細胞が増え続けたり、死ななくなったりする。ならば、「その癌には、どんな遺伝子の変化が起こっているのか」を調べることにも意味がある。現在では、数十から数百個の遺伝子の変化を一度に調べる「がん遺伝子パネル検査」も実用化されている。日本では2019年6月から、この検査が保険診療で利用できるようになった。もちろん、検査をすれば必ず「効く薬」が見つかるわけではない。国立がん研究センターの2026年の研究でも、がん遺伝子パネル検査に基づいて新たに標的治療を受けた患者の割合は全体で8.0%だったと報告されている。つまり、癌の遺伝子を調べれば、必ず特効薬が見つかる。そんな魔法のような話ではない。しかし、癌を「同じ病気」と一括りにせず、その人の癌がどんな特徴を持っているのか。そこから薬を考える時代へと進んでいることは確かである。--- ホルモンで増える癌もある癌の中には、ホルモンの影響を受けて増殖するものもある。この場合、癌を直接攻撃するのではなく、癌が利用しているホルモンの働きを抑える。これが内分泌療法、いわゆるホルモン療法だ。つまり、「癌を叩く」だけが治療ではない。癌が生きていくために利用している環境を変える。それによって、癌の増殖を抑える。これも立派な「癌の薬」である。---そして「免疫」の力を利用するさらに、癌治療の世界で大きな変化をもたらしたのが、免疫チェックポイント阻害薬である。人間の免疫には、異常な細胞を攻撃する仕組みがある。ところが癌細胞は、その免疫から逃れるための仕組みを持つことがある。そこで、「免疫そのものを強くする」のではなく、癌によってかけられたブレーキを外す。そんな発想から生まれたのが免疫チェックポイント阻害薬だ。国立がん研究センターは、この薬について、癌細胞によって免疫細胞にかけられたブレーキを外し、免疫細胞が癌を攻撃できるようにする薬と説明している。ただし、ここにも誤解してはいけない点がある。「免疫療法なら、誰にでも効く」わけではない。効果が科学的に証明されている免疫療法は限られており、薬によって効果が確認されている癌の種類も異なる。また、免疫チェックポイント阻害薬にも副作用がある。癌治療に「絶対」はないのである。--- 「癌の薬」は、一つではないここまで見てくると、癌の薬に対する見方も変わってくる。昔のイメージでは、癌を見つける↓手術する↓残った癌を抗がん剤で叩くという単純な図を思い浮かべるかもしれない。しかし、実際の治療はもっと複雑だ。癌の種類。進行度。転移の有無。癌細胞が持つ特徴。遺伝子の変化。患者の体の状態。これらを考えながら、薬を選んでいく。しかも、一つの薬だけを使うとは限らない。抗がん剤と分子標的薬。分子標的薬と免疫チェックポイント阻害薬。あるいは手術や放射線治療と薬 物療法。癌の種類によっては、こうした治療を組み合わせることもある。だから、「抗がん剤を使うか、使わないか」だけで癌治療を考えるのは、少し古い考え方になっている。--- 癌になったら「薬を使う」のではない癌と診断されたとき、「抗がん剤は怖い」と考える人は少なくないだろう。一方で、「最新の薬なら、癌を治してくれる」と期待する人もいる。どちらも、少し単純化しすぎている。薬には、それぞれ役割がある。効く癌もあれば、効きにくい癌もある。同じ癌でも、患者によって使える薬が違うこともある。そして、薬には必ず作用と副作用の両面がある。だから本当に重要なのは、「抗がん剤を使うのか?」ではなく、「自分の癌には、どの薬が、何を目的として使われるのか?」という問いなのかもしれない。癌治療は、単純な「敵と味方」の戦いではない。癌の弱点を探し、癌が利用している仕組みを断ち、場合によっては自分自身の免疫の力を利用する。そんな、非常に複雑な戦いになっている。そして、その戦い方は、今も変わり続けている。癌の薬は、もう「癌を叩く薬」だけではない。癌そのものを知ろうとするほど、薬の選び方も変わっていく。では、実際に薬を使うことになったとき、「薬は、いつまで続けるのか?」そして、「効いているかどうかを、医師は何で判断するのか?」次回は、その「薬の効き目」と「治療を続ける意味」について考えてみたい。>この話が気に入ったら、ランキングバナーをポチッと押していただけると励みになります。
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