人間の業 ― 綺麗事の裏側 第72話:形のない絆
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2026-09-07 20:00:00
人間の業 ― 綺麗事の裏側 第72話副題:日々の世話と愛情が育む、犬と人の理想の関係カチャンと乾いた音を立ててカップを置くと、湯気の向こうで利用者さんがふっと目を細めた。訪問介護で訪れた太郎が腰を下ろすと、いつものようにお茶を挟んだ和やかな会話が花を開く。この日の話題は、愛犬の「ラブ」のことだった。室内犬としてこの家に迎え入れたのは利用者さんだったが、日々の食事から散歩まで、我が子のように手塩にかけて世話を続けてきたのは太郎だ。まもなく14歳を迎える老犬は、太郎が玄関を開ける気配を察するやいなや、今でも老体を感じさせない力強い歓喜の声で激しく吠えて出迎える。首輪もリードもつけず、太郎に付かず離れずの距離で散歩を楽しむラブは、近所でも評判の利口な犬だった。その佇まいに憧れを抱く存在が、ご近所の大きなプードルだ。太郎が辞去してしばらく経った頃、利用者さんが庭の雑草をむしっていると、ふと近くで人の足音が止まった。顔を上げると、見覚えのある近所の娘さんが必死の形相でリードを引っ張っている。その先では、プードルが四肢を踏ん張り、頑として動くまいと地面に突っ張っていた。まるで、ここで粘っていれば太郎とラブが現れるはずだと信じて疑わないような、健気で頑固な拒絶だった。見かねた利用者さんが歩み寄り、その体を優しく抱きしめてやると、娘さんは胸の支えを吐き出すように「ラブくん、元気ですか?」と尋ねてきた。一瞬、どこかでみまかわれたとでも思われたのだろうかと勘繰りながらも、利用者さんは静かに微笑み、「元気ですよ」と返した。「散歩、されてるんですか?」「ええ。2~3日ごとに1回、5時半頃には出かけていますよ」その答えを聞いた瞬間、娘さんは少し先を歩いていた父親の背中に向かって、ぽつりとこう投げかけた。「……だって」そのたった一言には、落胆と小さな怒りが滲んでいた。日差しが照りつける日中や夕方に無理やり連れ出そうとせず、ラブくんたちのように涼しい早朝に散歩へ連れて行ってくれれば、大好きな彼らに会えるのに——父親へ向けた無言の抗議だった。「首輪もなしで歩かせるのが理想なんだ」などと語る父親の横顔を思い出しながら、利用者さんは心の中で苦笑を漏らす。愛情も手間もかけず、ただ結果だけを求める横着な大人には、あの固い絆の理由は決して届かない。「本当に、横着と愛情不足じゃ無理な話よね」そう語る利用者さんの瞳には、太郎とラブが紡いできた歳月への、深い愛おしさと誇らしさが満ちていた。>#人間の業 #歴史の循環 #心理小説 #綺麗事の裏側この話が気に入ったら、ランキングバナーをポチッと押していただけると励みになります。



