人間の業 ― 綺麗事の裏側 第70話:恐れの模倣と無意識の連鎖
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2026-09-05 20:00:00
人間の業 ― 綺麗事の裏側 第70話(前編)副題:恐れの継承しばしば災いを巻き起こす若者の身勝手さは、彼ら自身の発明ではないのかもしれない。大人が見せなかった世界は、彼らにとって存在しなかった世界と同じである。手本がなければ、優しさも残酷さも、どちらも形を持たない。以下は、そのことを家族の内側から描いた短編である。美里が母親を畏れた最初の記憶は、声ではなかった。動きだった。深夜のリビングで、久美は畳の上に仰向けになり、上体だけを何度も起こしていた。腹筋運動にしては呼吸が浅く、回数に終わりがなかった。額に汗が光り、目は天井の一点を刺したまま動かない。美里が六歳のとき、廊下の闇からそれを見た。留美はまだ赤ん坊で、隣室で小さく寝息を立てていた。「お母さん」呼ばれても、久美は止まらなかった。十回、二十回。数が意味を失ったあたりで、ようやく上体を起こしたまま固まった。それからゆっくりと美里の方を向き、普通の母親の顔に戻った。「眠れないの。邪魔しないで」声は静かだった。だからこそ、美里は廊下を後戻りした。父親の声で叱られた記憶はほとんどない。父親は遅く帰り、酒の匂いを部屋に残して眠った。恐れる対象は、いつも母親の方だった。久美自身は、そのことに気づいていなかった。久美の父は、戦後三十年近く経っても、食事の席で茶碗を置く位置にこだわった。米粒を残すことを許さなかった。残すと、黙って席を立った。怒鳴るより、沈黙の方が重かった。「お前は飢えたことがない」それが、久美が何度も聞いた言葉だった。説明はなかった。どこで、誰と、どれほどの期間かは語られなかった。ただ、食卓の端で父の手が微かに震えることだけが、残った。父は元軍人ではない。徴収されたかどうかは、家族のあいだでも曖昧だった。だが、国内にいたとしても軍事には、当然かかわっていただろう。訓練も受けたであろうし、ひ弱ゆえに殴られも。山崎豊子の『不毛地帯』を、久美は学生の頃に読んだ。よくできた小説だと思った。組織の論理、捕虜の時間、戦後の商社という舞台。登場する軍人や参謀は、少なくとも思考の骨格を持っていた。優秀さの物語として読めた。だが父の沈黙は、その骨格を持っていなかった。近年になって、軍の内部で何が行われていたかが、断片的に語られるようになった。久美は本や証言を読み、父の手の震えと重ねた。無知と臆病を酒で覆い、占領下の人間に向かって自分を奮い立たせた者たちがいた、という話。酒が切れると平常を保てなくなり、目の前にいる者を殴ることで、かろうじて立っていた、という話。それが事実の全体かどうか、久美には判定できなかった。判定する資格もないと思った。ただ、やられた側にPTSDが残らないはずがない、という一点だけは、身体で理解できた。恐怖は、言葉より先に残る。残ったものは、次の世代の呼吸の仕方にまで入り込むのではないか——久美はそう考えた。遺伝というより、模倣に近い。見ないふりをして真似てしまうもの。父は、久美をことあるごとに殴った。食事と時間と姿勢を、己は横で酒を煽っちるくせに極度に管理した。遅れ、残り、無駄を、飢餓の前触れとして扱った。久美はそれをも憎んだ。母が苦労して求めて来た食品だからだ。同時に、その管理の型だけを、自分の内側に保存した。事故が起きたのは夜も明けやらぬ時刻。雨の交差点で、後方から来た車が久美を撥ね上げた。久美はガラスが砕け散る音だけかすかに覚えている。命は助かった。後遺症として残ったのは、高次脳機能障害という診断名のついたPTSDだった。夜、目が開く。開いたまま、体が勝手に上体を起こす。腹筋を使う動作に似ている。医者は「身体が当時の緊張を再生している」と説明した。久美は納得したふりをした。本当は、もっと古い層が動いている気がしていた。父の叱責。残飯を許さない食卓。空腹が死に直結するという、言葉にされなかった前提。事故は引き金にすぎないのかもしれない。本体は、もっと手前にある。久美は娘たちを育てるに当たり、同じ型を使った。残すな。急げ。姿勢を崩すな。声は小さく、理由は説明しない。父がしたのと同じ沈黙の管理だった。久美は父を忌み嫌っていた。そのやり口だけを、無意識に複製していた。美里と留美が父親ではなく母親を畏れたのは、そのせいだった。父親の酒と不在は、怖さとして定着しなかった。母親の静かな反復と、終わりのない「正しさ」の方が、部屋の空気を占領した。留美が中 学 生になった夜、台所で茶碗を割った。久美は振り返らなかった。美里が先に動いて破片を拾い、留美の肩を押した。「いいから、早く」その「早く」は、久美の声に似ていた。美里は自分の喉が、母親の型を借りていることに気づいて、指先が止まった。久美は洗い場の水を止め、三人の沈黙を聞いた。自分が父の声を模倣していたこと、娘がその模倣をさらに模倣し始めていること。連鎖は、悪意より正確に進む。「私は、あの人のようになりたくなかった」初めて、久美はそう言った。美里は答えなかった。留美は割れた陶片を掌に載せたまま、母の顔を見た。畏れは残っていた。だがその畏れの出所が、母個人ではなく、母が受け取ってしまった型にあるらしいことだけは、その夜、輪郭を持った。若者の身勝手さは、しばしば突然湧くものではない。大人が世界の一部を隠したとき、隠された部分は、別の形で戻ってくる。手本が残酷であれば、残酷さが普通になる。手本が沈黙であれば、沈黙が支配になる。彼らは、そのような世界が存在することを知らないまま生きることもできたはずだった。知らされてしまった以上、あとはどこで型を折るかだけだった。久美は翌朝、食卓に茶碗を並べた。ご飯は少なめに盛った。残しても、誰も席を立たなかった。美里はそれを見て、何も言わなかった。留美は箸を置き、小さく息を吐いた。恐れは遺伝しない。模倣する。模倣は、気づいた瞬間から、少しだけ遅くなる。それ以上の保証は、この家にはまだなかった。あったのは、反復が一度止まったという、ごく小さな事実だけだった。人間の業 ― 綺麗事の裏側 第70話(後編)副題:型を折る手あの日から何年が過ぎたのだろうか。事故の後遺症と高次脳機能障害の烙印を押され、家族から見捨てられた久美の部屋には、普段は娘たちの姿も息遣いもない。美里も留美も、久美のもとを離れて久しい。彼女たちがエレベーターのない古ぼけたマンションの5階——久美が不自由な足でリハビリを兼ねて階段を昇り降りするこの部屋——を訪れるのは、金品をねだる都合の良い時だけだった。今朝も食卓には、一人分の冷めた味噌汁と少なめの米が並んでいる。ご飯を残しても誰も立ち上がらない。文句を言う者も、小遣いをねだる声も、今日はここにはない。「……無理に食べなくていいよ」久美は一人、無人の部屋に向かって呟いた。かつて幼い美里や留美に向けられなかった言葉。そして三十年以上前、久美自身が父から一番欲しかった言葉でもあった。夜中に体が勝手に跳ね起きる強迫的な動作。医者はそれを事故による高次脳機能障害の症状だと片付けた。だが久美は知っている。あの跳ね起きる体動は、事故で始まったものではない。それ以前から、父の影に怯え、恐怖をなぞるようにして自分の身に刻み込まれていた「型の再生」なのだ。事故はその深層にあったトラウマを表面化させただけの引き金に過ぎない。娘たちが自分を畏れ、やがて都合よく利用するだけの冷淡な大人になったこと。久美は父を憎んでいたはずなのに、気づけばその沈黙と管理のやり口を無意識に模倣し、娘たちに伝染させていた。(私は、あの人のようになりたくなかった……)一人きりの台所に立ち、久美は都合よく自分を消費していく娘たちの面影と、過去の記憶の残滓(ざんし)に向き合う。久美は少しだけ残ったご飯を、静かに三角コーナーへ捨てた。手が微かに震える。背後から亡き父の怒号が聞こえる気がした。「残すな」という呪縛。恐怖で足が竦みそうになりながらも、久美は息を吐き出し、そのまま水道の蛇口をひねった。流れていく米粒とともに、静かな水音が響く。「……ごめんね」久美の呟きは、薄い水流に飲まれて消えた。自分を金づるとしか思っていない娘たちに向けられたものか、あるいは過去の自分に向けられたものかは分からない。たとえ孤立し、利用されるだけの存在になったとしても、自分の中で育ちすぎてしまった「恐れの型」を意識的に止めること。事故や障害のせいにして逃げるのではなく、己の過去の業(ごう)と向き合い、模倣の連鎖を自分の代で終わらせようと足掻くこと。連鎖を絶つために、今さら華やかな和解や救いはいらない。ただ一人、誰もいない食卓で型をなぞる手を止めること。それこそが、恐れを継承してしまった久美に残された唯一の静かな贖罪だった。(70話 完)>※完全オリジナル作品です。二次創作ではありません。#人間の業 #歴史の循環 #心理小説 #綺麗事の裏側この話が気に入ったら、ランキングバナーをポチッと押していただけると励みになります。
