知佳の美貌録「絶望のベッドサイド」
画像1枚
2026-08-10 20:00:00
知佳の美貌録序章:〜歪んだ頭蓋と拒絶する家族、剥ぎ取られた平凡の記憶〜手術から3日後、久美の意識は回復した。知らせを聞いて駆けつけていた長女・美里の手配(補導員の助言によるものだった)もあり、連絡を受けた関係者が見舞いに訪れ始めた。見舞客に対し、久美は麻酔の影響からか、殊更明るく振舞ってみせる。だが不思議なことに、会話の中に事故前後の記憶は一切含まれていなかった。交わされる言葉はもっぱら、遥か昔の思い出ばかりで埋め尽くされていた。久美は元々、放置すれば左右の眉が繋がって一文字になりそうなほど毛が濃い。その自慢だった漆黒の髪はきれいさっぱり刈り取られて青々とした丸坊主になり、切り取られた頭蓋の跡——凹んだ右前頭部が、心拍に合わせて痛々しく脈打っている。顔の造作を含め、まるでムンクの絵画『叫び』を思わせるほど、頭蓋全体が斜めに歪んでいた。意識が戻ったことを聞きつけた担当の女医が、最後の診察のため病室に現れた。本来なら事故の前日、辞令によって他県へ転勤しているはずだった人物だ。この緊急手術の当直にあたったこと自体が、彼女にとっては理不尽な貧くじだったのだ。その女医に向かって久美が「頭が痛い」と泣き言を漏らすと、女医は久美を冷酷な眼差しで睨みつけ、吐き捨てた。「あんたのおかげで、私がこんな目に遭ったのよ……。頭が痛いぐらい何ですか。頭蓋骨を切り取ったんだから当たり前でしょう。大変なのはこれからですよ」さらに女医は、追い打ちをかけるように容赦のない捨て台詞を言い放った。「だいたいね、こういう症例は事故から10年後に重篤な後遺症に見舞われるものなの。覚悟しておきなさい」冷たく言い切ると、女医は病室を、そして二度と戻らぬ足取りで医大を後にした。4日目から、意識の混濁が始まった。それと同時に、右半身の麻痺と極度の言語障害が久美を襲う。3日目にはベッドの上に立つことができたのに、4日目以降は立つことすら叶わない。どこへでも元気に自転車を乗り回していた頃の面影は、見る影もなく消し去られていた。周囲の人間たちの冷淡さも浮き彫りになっていく。たとえば、入院申請書の連帯保証人欄へのサインを、夫も長女も頑なに拒んだ。それにもかかわらず夫は、手持ちの金(給料は経営者である実兄から全額手渡しされていた)が底をつくと、入院加療中の久美に金の工面を申し出てくるのだ。手荷物ごと乗用車にはね飛ばされたのだから、手元に現金などあるはずもない。それなのに夫は病棟まで集りに来る。混濁する意識の中、久美はどうにか金を工面しようと焦り、激高した。激しい頭痛、自由の利かない身体や思考と闘いながら、彼女の意識は「ATMへ行かなければ」と暴走する。しかし身体が追いつかず、無理に動かそうとした反動か、激しい痙攣発作が全身を襲った。その痙攣は、まるで腹筋運動のクランチのような姿勢と激しさで、嬌声を上げながら2時間近くも連続して続いた。脳内の激しい発作が原因だった。事態を鎮めようと、医師は強力な***の点滴を試みる。あまりの異様さに、手慣れた看護師でさえ恐怖で正常な看護ができなくなるほどだったからだ。長女は己の怯えを悟られまいとしたのか、看護師の口から「近親者」「責任者」という言葉が出た途端、肉親であることを拒絶した。情けないことに、どこか頼りない夫は我関せずといった風を装っている。混濁する意識の中で必死に冷静さを保とうとする母の前で、長女は冷淡に言い放った。「あんたなんか……」言い捨てて病室を後にした長女は、以降、1年間に及ぶ入院期間中に一度たりとも見舞いに訪れることはなかった。>



