人間の業 ― 綺麗事の裏側 第75話:膨張する自尊心、直視できぬ過酷な現実
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2026-09-11 20:00:00
人間の業 ― 綺麗事の裏側 第75話副題:枯れ土と暗闇のアナリティクス夢の欠片すら拾い集められぬまま都会を這い出してきたというのに、落ち着いた先で手にしていたのは、結局のところ都会にいた頃と何も変わらぬキーボードとモニターだった。威勢よく故郷を飛び出していった過去の自分が、後ろ足で砂をかけるように見張っている。今さら隣近所の百姓たちに頭を下げ、「作物の育て方を教えてほしい」などと教えを請う真似ができるはずもなかった。無駄に膨らんだ自尊心が、素直に土へ膝をつくことを固く拒むのだ。見よう見まねで耕した歪な小畑に、知識もなく化学肥料ばかりを過剰に撒き散らす。年を追うごとに土は痩せ衰え、灰色の岩のように硬化していった。幼少期に土と戯れた記憶のない指先は、這い回る虫や細長く蠢く生あるものへの生理的な嫌悪を拭えない。生い茂る雑草の一本すら手で抜くことを嫌い、ただ強い除草剤の薬品臭で足元を塗りつぶした。土は死に絶え、作物は年々貧相に縮んでいった。肝心の在宅ワークとやらも、惨めな虚飾に過ぎなかった。資金の枯渇ゆえに都会を追われた身で、大々的な集客など叶うはずもない。かつてアルバイトで擦り減らして貯めた僅かな残高を切り崩し、自身のウェブページに広告費として細々と注ぎ込む。そうして買い叩くように集めるのは、指で数えられる程度のささやかなアクセスに過ぎなかった。汗を流して農業に精を出すわけでもなく、かつて「3K」と世間から揶揄された土方や清掃、介護といった泥臭い労働に身を投じるわけでもない。実際、そうした肉体労働に出たほうが幾分かの現金を得られただろうが、この寂れた田舎ではそうした求人すらまともに存在しなかった。食うに困る困窮の渦中にありながら、他人に尋ねられれば、いかにも知的な響きを纏わせて「ITの仕事をしている」「在宅ワークだ」と平然と胸を張った。陽の光を浴びぬ暮らしで痩せこけた貧相な体軀と、死人のように青白い顔色を指摘されれば、「外に出ない仕事だから」と誇らしげに言い訳を添えた。暇を持て余してパソコンに向かっているわけではない。人が寝静まった丑三つ時、重い瞼を擦りながら起き出し、冷えたディスプレイの光に顔を晒す。深夜、意識が途切れそうになる体に鞭を打ち、画面の闇に向かって必死にアイデアを書き連ねる。それはまるで、合格の知らせなど永遠に訪れない受験勉強に、終わりなく励んでいるかのような錯覚だった。やめようにも、もう引き返せない。そんな虚無の生活の中で、己の命脈をかすかに繋ぎ止めているのは、皮肉にも二つの「生存確認」だった。ひとつは、数日に一度ドアを叩く配送業者や集金人という、数少ない現実の来客。そしてもうひとつは、暗闇のなかアナリティクスの画面が静かに告げる、気まぐれなページ来訪者の存在だった。折れ線グラフが微かに跳ね、数字がひとつ刻まれるたび、「どこかの誰かが、今この瞬間に自分を認識した」という生々しい実感が冷えた胸を打つ。その小さな数値の波だけが、世界から取り残されそうな精神をギリギリのところで引き留めていた。認めたくはない。けれど、薄暗い部屋でキーボードの打鍵音だけを響かせながら、己の末路を想う。この静寂の果てに待っているのは、きっと誰にも気づかれない孤独死なのだと。>この話が気に入ったら、ランキングバナーをポチッと押していただけると励みになります。



