人間の業 ― 綺麗事の裏側 第57話:「いいとこ取り」の無自覚な身勝手さ
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2026-08-22 20:00:00
人間の業 ― 綺麗事の裏側 第57話(前編)副題:八月十五日の鏡昭和二十年八月十五日、正午。ラジオから流れる玉音放送を、満洲の奥地にある小さな村の神社の境内で聞いた女がいた。名は、佐藤静子。二十三歳。夫は関東軍の兵士として、すでに行方知れずだった。腕には生後三か月の息子を抱き、腹にはもう一人の命を宿していた。「耐へ難キヲ耐ヘ、忍ビ難キヲ忍ビ……」放送が終わった瞬間、周囲の空気が一変した。ソ連軍の接近。それに乗じた現地民の蜂起。逃げ場を失った日本人たちは、〇〇廟の裏手に掘られた塹壕へと身を潜めた。静子の隣にいた老婆が、震える声で言った。「子どもは……泣かせたら終わりだよ」夜が更ける。遠くで聞こえていた*声が、少しずつ近づいてくる。そのとき、赤ん坊がぐずり始めた。静子は息を殺し、布を口に押し当てた。けれど、泣き声は止まらない。「すまない……すまない……」静子は、自分の指で息子の小さな首を絞めた。温かなものが手に伝わった瞬間、静子は初めて、自分が母親であることを残酷な形で思い知らされた。同じ頃、引き揚げ船の甲板では、別の女が出産していた。波に揺れる船内で生まれた子には、生きていく場所がなかった。食料も、水も足りない。母親は、生まれたばかりの赤子を海へ還した。「生きていては、つらいだけだ」そう、自分に言い聞かせながら。だが、静子の物語は、そこで終わらなかった。彼女は死にきれなかった。塹壕を抜け出した夜、一人の中国人農民が静子を見つけた。「子どもは?」そう尋ねられ、静子はただ、首を横に振った。農民は何も言わず、静子を自宅へ連れて帰った。「お前の腹の子は、うちの子だ」そう言って、彼と妻は、生まれてきた娘を自分たちの血を分けた子のように育てた。名前は、華。華は中国語を母語として育ち、村の田を耕し、村の祭りを祝い、育ての親の墓に花を供えた。静子は日本へ帰った。華を、中国に残して。「ありがとう」それだけしか、言えなかった。戦後、日本は復興していった。静子も生き延び、やがて孫を見るまでになった。けれど、彼女は一度も「反省」という言葉を口にしなかった。「反省する資格など、私にはない。ただ、知っているだけだ」時は流れた。令和の八月十五日。東京・九段下。靖国神社の鳥居をくぐる男がいた。五十代半ばの国会議員だった。彼は記者団に向かって、はっきりと言った。「私自身は当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもない」その声は軽かった。まるで、昨日の天気予報でも伝えるような調子だった。彼は参拝を終えると、カメラの前で深々と頭を下げた。「英霊に感謝を」そう言って。その夜。男の秘書が、古い回顧録を一冊、机の上に置いた。静子の手記だった。「〇〇廟で待ち伏せされ……我が子の行く末を案じ、手にかけ……」「引き揚げ船上で産んだが、これも手にかけ……」「理解あるかの国の民に預け、帰国。彼の国の民はその子を、我が子のように愛おしんで育て上げた」秘書は静かに言った。「先生、これも歴史です」男はページをめくった。そして、ふと手を止めた。「……土地の持ち主に無理やり金を掴ませ、追い出した、とも書いてあるな」「はい」秘書は答えた。「先の大戦で、我が国が彼の国に対して何をしたのか。それを知らずに非難し続けるのは、どうなのでしょう」男は黙った。靖国に参拝した自分の手が、急に重く感じられた。「当事者ではない」と言いながら、英霊に頭を下げる。「反省しない」と言いながら、歴史のページを開いてしまった。その矛盾を、男は初めて自分自身の問題として感じていた。彼は窓の外の夜空を見た。八月十五日の月が、静かに懸かっている。国が違えば、人も違う。けれど、どの国にも、良い人間がいれば、そうでない人間もいる。静子を助けた農民は、良い人だった。華を育てた夫婦も、良い人だった。そして――静子の息子の首を絞めた手も、静子自身の手だった。男は机に向かい、一枚の紙に書き始めた。「私は、当事者ではない。しかし、当事者が残した記憶の継承者ではある。彼の国の民に、感謝を述べる。そして、先の大戦で我が国が犯した過ちについて、はっきりと謝る。角は立たないはずだ。なぜなら、相手も当然、わかっているから」書き終えた紙を、男は静かに折りたたんだ。翌朝、それは公開される予定だった。けれど、彼には分かっていた。この一文を発表した瞬間、自分の立場は揺らぐ。支持も、批判も、両方から来るだろう。「軽い」と嗤われるかもしれない。それでも、彼は書いた。人間の業は、綺麗事の裏側にこそ、最も深く根を張る。八月十五日の鏡は、いつも自分自身を映す。当事者ではない世代が、当事者であった世代の影を、どう引き受けるのか。その選択だけが、次の世代へ渡すことのできる、唯一の遺産なのかもしれない。(第57話 後編へ続く)人間の業 ― 綺麗事の裏側 第57話(後編)副題:八月十六日の影法師事務所の空気は、夜が深まるにつれて凍りついていった。デスクの上の紙を見つめたまま、秘書は低く言った。「先生、正気ですか。これを明日出せば、次の選挙はありませんよ。右からは裏切り者と叩かれ、左からは『パフォーマンスの遅すぎた反省』と嗤われる。政治生命が終わります」「分かっている」男の返事は短かった。しかし、その声に昼間の軽さはなかった。男は椅子の背もたれに深く身を沈めた。「……なぁ、俺たちはいつからこんな風になったんだと思う?」「何のことですか」「『自分は関係ない』と突っぱねながら、おいしいところだけを当然のように受け取る生き方だよ」男は自嘲気味に息を吐いた。「戦争を起こしたのも、負けたのも、俺たちの世代じゃない。『自分は関係ない』。だから謝る必要もないし、反省もしない。そうやって歴史の負債からは綺麗に手を洗う。……だがその一方で、先人たちが血を流して築いた平和や繁栄、国際社会での信用、そして『英霊のおかげ』という美名だけは、ちゃっかり自分のポケットにねじ込もうとする」誇りだけは譲り受け、過ちの責任は「過去の他人のもの」として突っぱねる。自分にとって都合の良い果実だけを摘み取り、根にある泥には触れようともしない。「結局のところ、真意なんてものは浅はかな身勝手さなんだよ」男は小さく首を振った。「責任という痛みを背負わずに、誇りという心地よさだけを手に入れたい。損はしたくないが、威張りたくはある。……昼間の俺は、まさにその醜い姿そのものだった」手記のページが、夜風に揺れた。静子は反省という言葉を口にしなかった。それは開き直りではなく、我が子をかけた手、奪った土地、差し出された善意の重さに、軽々しい言葉など何一つ追いつかないことを知っていたからだ。当事者は、業の深さに黙するしかなかった。なら、当事者ではない自分たちにできることは何なのか。関係ない顔をして果実だけを貪る毒を断ち切り、陰も日向もすべてを等しく引き受けることではないのか。「先生」秘書が静かに尋ねた。「その文章を出して、何が変わるんですか。過去は変わりません。あなたの立場が危うくなるだけです」「何も変わらないかもしれない」男はゆっくりと立ち上がり、窓の外、静まり返った東京の街並みを見下ろした。ビル群の明かりが、まるで無数の小さな墓標のように揺れている。「だが、『自分には関係ない』と言い捨てて果実だけを食い散らかす世代の連鎖を、ここで誰かが止めなきゃならんのだ。英霊に感謝を捧げるというなら、彼らが遺した光も影も、すべてを背負って立つ覚悟が要る。それが、当事者ではない俺たちが支払うべき、本当の対価だ」男は折りたたんだ紙を秘書の手元に押し戻した。「予定通り、明朝叩き起こして会見を開く。叩きたい奴には叩かせればいい。……鏡の中にいる自分に、これ以上恥ずかしい顔は見せたくないからな」八月十六日の朝陽が、東の空を赤く染め始めていた。過去の影を引き受ける覚悟を決めた男の背中に、新しい一日が容赦なく降り注ぐ。(57話 完)>※完全オリジナル作品です。二次創作ではありません。#人間の業 #歴史の循環 #心理小説 #綺麗事の裏側この話が気に入ったら、ランキングバナーをいただけると励みになります。
