人間の業 ― 綺麗事の裏側 第91話:あがなえぬ拘束を見据え、足元の闇を書く
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2026-09-28 20:00:00
人間の業 ― 綺麗事の裏側 第91話(前編)副題:血であがなう壱成瀬湊は、デング熱の熱が下がった翌朝、クタの安宿の共用冷蔵庫に貼られた観光地図を見て、指で測った。バリの白い砂浜から、スンバまでは直線なら近い。フェリーとバスを乗り継げば、半日で着く。「楽園のすぐ隣」と記事は書いていた。生まれながらにして主人の家に属する人々。アタ。夜明けから日没まで無給で働き、結婚のときに譲渡され、身分は「消し去ることができない」。インドネシアで奴隷制が違法になって百六十年以上たっても、東部スンバの村では残っている、と。湊は記事をスマホに保存したまま、二週間、開かなかった。開くたびに、自分の残高が減る気がした。残高はすでに、減る以前の問題だった。日本学生支援機構の第二種、残債二百八十七万。金利は入学時の話ではなく、借り終わるまで確定しない種類だった。経済が不安定になるほど、返済の数字だけが先に成長した。「自立したくても、環境もそうなら、資金に至ってはあきらめざるを得ないほど無い」ノートの端に、何度も同じ文を書いた。書いたところで、誰の耳にも届かない。届いたとして、届く相手はすでに、不必要なくらい貯めた側だった。弐日本を出た理由は、取材ではなかった。会社が肩代わりしてくれるという「代理返還」の枠に落ち、次に応募した海外研修も、保証人の印鑑が足りなかった。母は連帯保証を一度やってから、電話に出なくなった。機関保証に切り替えれば借りられたはずの奨学金は、すでに借り終わったあとの世界の話だった。残ったのは、円安で目減りする円と、バリ行きの格安便と、「ここに来れば何とかなる」という、観光業が世界に配った嘘だった。クタでは日本人の元留学生が、ホテルのシーツを夜中までたたんでいた。技能実習でも留学でもない、ただの滞在延長。名前だけがアイテムで、中身は強制労働に近い、と誰かがブログに書いていた。読んだ翌日、そのブログは消えた。湊はベノア港の朝市で、魚の氷を運ぶ男に水を分けてもらった。男はジャワ訛りで言った。「船の契約は、破ると奴隷契約だと言われる。破らなくても、給料は先に消える」港では、SNSで集めた二十人あまりが、別の船に載せられそうになった話が、まだ生々しかった。前借金、解放金、説明のなかった追加費用。バリの観光ポスターの裏側で、同じ海が人を飲んでいた。参スンバに着いたのは、雨季の切れ目だった。タンゲドゥの滝は、動画どおり青かった。観光客が「隠れた熱帯の楽園」と叫ぶその村で、湊は最初、誰が主人で誰がアタなのか分からなかった。服が同じだった。笑顔も、観光客の前では同じだった。違いが出るのは、日が傾いてからだ。アタの男は、主人の家畜の水を汲みに戻り、女は台所の火を絶やさなかった。賃金の話をすると、彼らは首を横に振った。振ることが、礼儀であり、生存だった。カニシウスと名乗った男は、三十代半ばで、歯が二本欠けていた。「身分は消せない」英語でもインドネシア語でも、同じ順番で言った。記事と同じ言葉だった。湊はレコーダーを握りしめたまま、質問を続けられなかった。質問する権利が、自分にある気がしなかった。夜、安宿の蚊帳の中で、湊はコンゴの記事を開いた。コバルト。子ども。坑道。スマホのバッテリーの裏側に、別の「生まれながらの拘束」があった。画面を照らす光そのものが、誰かの肺と背骨でできている。知りながら、湊は画面を閉じなかった。閉じても、借金の督促メールは光る。知ることと、救うことは、同じ筋肉を使わなかった。四ウブドに戻って、湊は一度だけ、金持ちに会った。元クラスメイトの父で、バリにヴィラを持ち、財団の名前で「教育支援」をしていた。リビングの天井扇が、静かに回っていた。「君の奨学金の件は気の毒だ。ただ、個人で肩代わりすると切りがない。制度の問題だから」テーブルの上に、フルーツと、冷えたワインがあった。窓の外では、誰かが庭の落ち葉を掃いていた。掃いている手が、契約社員なのか、アタに近い何かなのか、湊には分からなかった。分からないまま、その手は美しかった。「スンバをご存じですか」「知っている。ただ、文化の問題に、外部が血を流して介入すると、別の支配になる。持続可能な支援が先でしょ」持続可能な、という言葉が、ワインの温度と同じだった。適温。誰も火傷しない。火傷しない支援は、身分を消さなかった。湊はヴィラを出るとき、門のところで靴を履き直した。砂利の音が、自分の残債の桁に聞こえた。特権階級が生活をかなぐり捨てて貧困層を救う想像は、滝の写真より綺麗で、滝の写真より嘘だった。知れば知るほど、行わない。行わない人ほど、行わない理由を美しく言えた。五全学連のような小説の中でなら、ここで血が出る。湊はそれを知っていた。読者は、救済の遅さに耐えられず、誰かの喉元を求める。主人の家に火を放ち、契約書を破り、港のブローカーの首を絞める。コンゴの坑道では、武装した男たちが「正義」の名で別の子どもを連れていく。血は、支払いの形として分かりやすい。分かりやすいものは、物語としてよく売れる。けれど湊がスンバで見たのは、復讐の設計図ではなかった。カニシウスは、朝、同じ水を汲みに行った。子どもは、主人の子どもと同じ川で遊んだ。遊んだあと、召使いに戻った。その往復が、何世代も続いていた。続く理由は、鞭だけではない。土地、儀礼、結婚、借金、神、観光客の視線、国家が「違法」と言ったあとに残る空白。空白を血で埋めても、次の空白が、別の名前で開く。それでも、夜になると、湊の歯が鳴った。自立できないことの羞恥は、理論より先に身体を動かす。督促のSMSは、人格を持たない。持たないものに人格を与えたくなる。与えた先が「奴ら」になり、「奴ら」を血で払えば、自分の拘束も消える気がする。気がする、だけで、消えない。日本に帰っても、残債は残る。残債は、首を絞めない。首を絞める代わりに、結婚と住居と子どもを先に殺す。六湊は最後に、カニシウスに聞いた。「血で払えば、自由になりますか」男は笑わなかった。笑わないことが、すでに答えだった。「血は、主人も流せる。アタも流せる。流したあとに残るのは、新しい主人だ。名前が変わるだけだ」「じゃあ、何であがなう」「あがなえない。消えないと言っただろう」湊はレコーダーを止めた。止めた瞬間、自分の胸の奥で、別の声が言った。じゃあ小説にする意味は、と。意味は、解決策を配ることではなかった。解決策があるふりをして、特権の側が眠り続けることの方が、よほど血を節約する。節約された血は、いつも、生まれながらに拘束された側の血管から出る。七帰国便の中で、湊は窓の外の雲を見た。下に、バリの光があった。光の隣に、暗い島があった。同じ国の、同じ海の、別の世紀。座席の前ポケットに、返還の案内が印刷されていた。後輩の奨学金になるから、責任を持って返せ、と。責任という言葉は、美しい。美しい言葉は、貸した側の言語だった。湊は機内誌の余白に、題を書いた。『血であがなう』。書いたあと、すぐ横に、小さな字で続けた。——あがなえないものを、あがなえという世の中で、人は何を小説にするのか。答えは出ない。出ないまま、機体は降り始めた。降りた先にも、督促は待っている。待っているものの名前は、奴隷制ではない。奴隷制と呼ばないことで、観光は続き、奨学金は続き、バッテリーは光る。光るものを手に、人は自由だと思う。思うことが、いちばん安上がりな拘束だった。これは解決策の提示ではない。スンバの身分、港の前借金、貸与型奨学金の金利と督促、遠くの鉱石まで、形を変えた拘束が同時に存在している、という現在の上に置いた物語だ。血は支払いとして分かりやすい。分かりやすさの先に残るのが新しい主人だけだとしたら、小説にできるのは、その先を見ないまま「…するしかない」と言ってしまう自分の口の形である。人間の業 ― 綺麗事の裏側 第91話(後編)副題:遠い日常結露したガラス窓の向こうで、灰色の雨が街の輪郭をあやふやに溶かしていた。数年前、安田講堂の瓦礫と催涙ガスの匂い、そして血であがなうしかない社会の理不尽を叩きつけるように綴った僕の小説は、思いがけず世間に受け入れられ、それなりに売れた。新聞の書評に取り上げられ、文壇の片隅で「時代の苦悩を代弁する新進気鋭の表現者」と持て囃された。だが、名声という名の淡い泡沫が去ったあとに残ったのは、廃墟よりも惨憺たるわが家の惨状だった。草案を練り、言葉の刃を研ぎ澄ませていた長い年月のあいだ、僕は家庭という営みを完全に置き去りにしていた。作品の文学的クオリティや表現の美しさを高めるという大義名分のもと、妻と幼い息子の存在は、僕の執筆環境を維持するための景色へと成り下がっていたのだ。気づかないうちに、家族は僕という「表現者」を支えるためだけに存在する、二階級下の奴隷と化していた。生活費を切り詰め、僕の機嫌を伺い、夜中の執筆を妨げないよう息を潜めて暮らす日々。僕はそれに気づきもしなかったし、感謝すらしなかった。己の頭の中にある「虐げられた人々」への血の通わぬ同情に酔いしれる一方で、目の前で静かに血を流している家族の痛みには一滴の眼差しも注がなかったのだ。そして、追い打ちをかけるように現実が僕を打ちのめした。芸術品など、世間が持て囃すほどには高く売れない。名は売れたものの、僕は時代の寵児にも真の富裕層にもなれず、ただ中途半端な有名税と、切り詰めた生活の苦しさを抱え続けることになった。さらに恐ろしい代償が待っていた。愛情を与えられず、冷ややかな原稿用紙の山のかたわらで育った息子は、成長とともに荒れ、非行へと走った。僕が「世間の不条理」を呪えば呪うほど、息子は僕という父親の不条理を呪っていたのだ。家庭はあっという間に瓦解した。そして決定的な破局が訪れた。寂しさと飢えに耐かねた息子は、あろうことか僕が小説の中で「救うべき哀れな対象」として記号的に描いていた貧困層の溜まり場へと逃げ込み、彼らと泥を舐め合うような暮らしを選んでしまったのだ。僕の手元を離れ、暴力と悪徳が渦巻く路地裏へと消えていった息子の背中を、僕は止めることすらできなかった。「……何が社会の変革だ」誰もいなくなった四畳半の部屋で、僕は自嘲気味に呟いた。万年筆の先から落ちたインクが、白い原稿用紙に黒いシミを作る。不必要なほどのお金を蓄えた特権階級の偽善を糾弾し、血による贖罪を叫んでいた自分自身が、一番身近な家族から人間性を剥ぎ取り、地獄へと突き落としていたのだ。朝起きて、温かい飯を食べ、家族と言葉を交わし、夜になれば同じ屋根の下で安心して眠る――。僕たちがかつて「退屈な小市民の生活」と切り捨て、見下していたはずの「普通の生活を営む」ということが、どれほど遠く、どれほど途方もなく困難で贅沢な奇跡であったか。それを知ったときには、もう僕の手元には何も残っていなかった。爪の中に染み付いた冷たいインクの汚れだけが、取り返しのつかない罪の痕跡のように、鈍い光を放ち続けていた。>この話が気に入ったら、ランキングバナーをポチッと押していただけると励みになります。



