人間の業 ― 綺麗事の裏側 第90話:コンゴの赤土の畑と、戦争の影

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    人間の業 ― 綺麗事の裏側 第90話(前編)副題:選ばれし地獄、選べぬ呪い灰色の空から冷たい雨が打ちつけるキエフの古びたアパートの一室で、ニコライはスマートフォンの画面をスクロールしていた。画面には世論調査の数字が淡々と並んでいる。『ゼレンスキーが継続を望んでいる:36%』『プーチンが継続を望んでいる:14%』『両者が望んでいる:48%』「1900人の回答、か……」ニコライは苦い吐息をついた。かつて大学でともに学んだボグダンが、SNSに「ウクライナの世論が意外過ぎた」と書き込んでいる。画面の向こうの世論調査は、西側のメディアが報じる「全土が一丸となった不屈の意志」とは少し違う、泥と疲弊に塗れた人々の悲鳴を露骨に捉えていた。毎晩の空襲警報、壊れたインフラ、徴兵の影。誰もが死と隣り合わせの「地獄」を生きている。だが、ニコライはその数字を眺めながら、自分がまだ「選ぶ権利」を持っていることを知っていた。明日、徴兵に応じるか、あるいは国外へ逃げ延びるか。言葉を尽くして政府を批判するか、黙って耐えるか。それはあまりにも重く、呪いのような選択肢だが、確かに自分の手の中にあった。時差を越えたアフリカ中部、緑濃いジャングルに覆われたコンゴの小さな村。ここでは雨の音がすべてを覆い隠す。湿気と腐敗の匂いが立ち込める小屋の中で、若い母親のマリーは木臼に向かい、黙々と緑の薬草を擦り潰していた。混ぜ合わせているのは、強烈な覚醒作用を持つ違法な「薬草」だ。これを摂取した者は空腹を感じなくなり、過酷な労働に耐えられるようになる。「手を休めるな、マリー」村を仕切る年配の女性ママ・クレマンが、ドスの効いた声で言った。彼女の顔には、かつてこの国を支配し、鉱山と人間をむさぼり尽くしたソビエト(ロシア)の介入時代から続く、果てしない荒廃の記憶が刻まれている。「売春で体を売り払うより、これを作る方がよっぽどマシな金になる。子どもを飢えさせたくないなら、薬を作れ。ここは神にも見捨てられた場所なんだから」マリーには選択肢などなかった。薬を作るか、娼婦になるか、家族で餓死するか。どれを選んでも未来はない。かつて大国が持ち込んだ兵器と搾取の仕組みだけが遺産として残り、社会の骨組みを破壊しつくした結果がこの村だった。大国ロシアという名の「疫病神」が去った後にも、その呪いは泥のように残り続け、人々から「人間らしく生きるための選択肢」そのものを奪い去っていた。キエフの夜が深まる。ニコライは窓の外を見つめた。遠くで発電設備が破壊された街の闇が広がっている。「どちらも地獄だ……」ニコライは呟いた。弾丸とドローンが降り注ぐウクライナの地獄と、明日食べるパンのために違法な薬草を擦り潰し続けるコンゴの地獄。どちらがより深いのかを比べることに意味はないのかもしれない。しかし、ウクライナにはまだ、自分たちの国の未来をどうにかしようともがき、怒り、望まぬ現実に声を上げる権利が残されている。戦争の継続を望んでいるのが誰なのかを議論し、意思を示す自由が、血塗られた選択肢の中にすら残されているのだ。「だが、疫病神の影からは、そう簡単には逃れられない」ニコライはスマートフォンを閉じ、冷えたお茶を一口飲んだ。大国が撒き散らした暴力と支配の爪痕は、ユーラシアの平原でも、アフリカの熱帯雨林でも、人々の尊厳を等しく削り取っていく。それでもウクライナの夜空の下で、ニコライは明日を生きるための小さな決断を下そうとしていた。選ぶ権利という、あまりにも重く悲しい武器をその手に握りしめたまま。人間の業 ― 綺麗事の裏側 第90話(後編)副題:二つの地獄と、選ぶ権利の話ある調査では、約1900人の回答がこう並んだという。ゼレンスキーの方が戦争継続を望んでいる――36%。プーチンの方が戦争継続を望んでいる――14%。両方とも同じくらい戦争継続を望んでいる――48%。両者とも強く戦争終結を望んでいる――2%。「ウクライナの世論が意外過ぎた」と、ボグダンさんは言った。数字だけを見れば、意外に見える。侵攻された側の指導者のほうが、戦争を長引かせたがっている、と読めるからだ。だが公式のウクライナ世論は、これほど単純ではない。キーウ国際社会学研究所(KIIS)の2026年9月の調査では、今冬に電力・暖房・下水が止まっても武装抵抗を続けるべきだとする人が77%、いかなる要求でも飲むべきだとする人は12%だった。同時に、ギャラップなど別の調査では「できるだけ早く交渉で終わらせるべきだ」とする声が過半に達している年もある。つまり多くのウクライナ人は、戦争そのものを愛好しているのではなく、「降伏に等しい和平」を拒否し、「保証のない停戦は次の攻撃の準備期間になる」と見ている。信頼する大統領と、戦後にその大統領を交代させたいという気持ちが、同じ胸の中で同居してもいる。一方のロシア側も、レバダ・センターなどの調査では和平交渉を望む割合が近年高まってきた。それでも「併合した領土を返す和平」には強く反対する。指導者が戦争を続ける理由と、国民が戦争を終わらせたい理由は、一致しないことが多い。48%が「両方同じくらい戦争継続を望んでいる」と答えたのは、そのねじれを直感した数字なのかもしれない。2%しか「両者とも強く終結を望んでいる」と見ないのは、冷たいが、四年以上の戦争を見た人の目にはそう映るのだろう。問題は、この数字を「ゼレンスキーが悪い」という結論に直結させることだ。戦争を始めたのは2022年2月の全面侵攻であり、その選択をしたのはモスクワである。継続の責任を双方に等分する議論は、開戦の非対称を消してしまう。それでも、指導者が戦争を政治生命の延長に使っていないか、腐敗と動員の負担が国民に転嫁されていないか、という問い自体は、戦時であっても立ててよい。ウクライナにその問いを立てる余地があること自体が、後述するもう一つの地獄との差になる。他方、コンゴ共和国のある村では、人々がせっせと覚醒作用のある薬草を作っている、という話がある。飢えないためだ、と。売春より高いと言われ、土地を仕切る女性は、ほかの女たちにこれを作ることを奨励していた。かつてはソ連と強く結びついた国だ、とも。ここで地理を一度、正確にしておく必要がある。日本語の「コンゴ共和国」は首都ブラザヴィルの国を指す。1969年から1991年まで人民共和国を名乗り、マルクス・レーニン主義を掲げ、ソ連・東独・キューバから軍事・治安の支援を受けた。ロシアが「支配していた」とまでは言えないが、冷戦期のモスクワの影響圏だったのは事実である。隣のコンゴ民主共和国(旧ザイール)は、モブツ政権下でむしろ反ソに振れた。薬草経済と「女が女に栽培を勧める」情景が現地取材でよく残っているのは、後者――東部のゴマ周辺や南キブの村々のほうだ。カンナビスは主食のキャッサバより現金になる。「南キブのキャッサバだ」と農民が呼ぶほどである。VICEの取材では、シングルマザーが大麻を売り、ほかの女性に「体を売るより商売を覚えろ」と教える場面が出てくる。ユーザーの記憶は、二つのコンゴが重なったものだろう。だが地獄の質を伝えるなら、むしろ民主共和国東部のほうが重い。その村はこうだ。雨季のあと、道は赤土の粥になる。朝のうちに葉を摘まなければ、昼の湿気が腐らせる。マリーは腰を屈めたまま、娘の咳を数えていた。昨夜の rumble は鉱石を運ぶトラックか、武装した男たちのバイクか、もう聞き分けない。聞き分けたところで、逃げ場はない。畑の端に、キャッサバより背の高い草が並ぶ。合法の作物は値をつけない。町まで担いでいっても、途中で兵に取られる。草のほうは、夜に小さな束にして渡せば、ドルに近いものが返ってくる。隣の女は体を売っていた。ある週は五ドル、ある週は米袋ひとつ。ある夜は戻ってこなかった。マリーは彼女の子に、残ったキャッサバを分けた。仕切る女――市場の奥で秤を握る女――が言った。「体は一度しか売れない。葉は何度でも摘める。摘め」。奨励というより、生き残りの算術だった。かつてこの川の流域には、赤い旗とハンマーの話が届いたこともある。解放、平等、帝国主義反対。旗は色褪せ、残ったのはPatronの顔と、鉱物の値段と、女の腹だった。大国が去ったあとに残るのは、思想ではなく、取りやすいものから取る習慣である。草も、金も、コルタンも、女の身体も、同じ棚に並ぶ。夜、発電機が途切れると、虫の声だけになる。マリーは娘の額を拭いながら、戦争という言葉を使わない。戦争はラジオの遠い国の話で、ここにあるのは、明日の塩だ。誰が戦争を望んでいるか、と聞かれても答えられない。望んでいないのに、終わらないものがある、としか言えない。ウクライナも地獄である。都市が暗くなり、前線の村が地図から消え、若い男が帰らない。だが世論調査が公表され、大統領を信頼しつつ戦後は交代させたいと言い、降伏を拒みつつ交渉の条件を議論できる。その議論自体が弾になる国と、議論する前に腹が減る村とでは、地獄の階層が違う。選ぶ権利がある、というのは、正しい選択ができるという意味ではない。誤った指導者を、のちに誤っていたと言い、交代を要求する回路が残っている、という意味だ。コンゴ東部の多くの村では、その回路が武装勢力と貧困で詰まっている。ロシアを疫病神と呼ぶのは、感情としてはわかる。ソ連はブラザヴィルにイデオロギーと武器を送り、いまのロシアはアフリカにワグネル後継や資源権益の影を伸ばす。ウクライナでは戦車とミサイルを送り込んだ。だが疫病の比喩は、現地の責任までモスクワに回収してしまう危うさがある。コンゴの薬草畑を作らせているのは、昨日のモスクワだけではない。供給先は主にヨーロッパ。今日の汚職、武装集団、鉱物需要、そして「合法作物では子どもが生きられない」価格構造である。それでも、開戦の第一ボタンを掛け違えた国が、遠くの村の算術にまで影を落とすのは事実だ。戦争は前線だけで完結しない。穀物と肥料と武器と関心を、世界の別の端から吸い上げる。ウクライナの48%が「両方とも戦争を続けたがっている」と見た目は、指導者不信の表れであると同時に、終わりの見えない消耗そのものへの疲れでもある。2%しか「両者とも強く終結を望んでいる」と見ない世界では、遠い村の女は葉を摘み続け、近い都市の住民は停電の冬を耐える理由を探し続ける。マシな地獄を選ぶ、という言葉は残酷だ。選ぶ権利がある側に立つ人間が、選ぶ権利のない村を小説の背景にしかできないのも残酷だ。数字は unexpectedly(思ってもみなかったものが) 見える。草の値段が売春より高いという計算も、unexpectedly 見える。どちらも、人間が極限で出す答えとしては、意外ではない。意外なのは、その答えを「指導者の好戦性」か「大国の呪い」か、一つの名前にまとめようとすることのほうだ。名前を一つにまとめた瞬間、村の秤も、キーウの調査票も、見えなくなる。>この話が気に入ったら、ランキングバナーをポチッと押していただけると励みになります。
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