人間の業 ― 綺麗事の裏側 第68話:男性の性事情
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2026-09-03 20:00:00
人間の業 ― 綺麗事の裏側 第68話(前編)副題:『振り向いてくれれば、それでよかった』居酒屋の個室で、グラスが二つ空いた頃、同僚の女性が笑いながら言った。「男って結局、浮気性でしょ。射精欲の塊。相手が誰でもいいんでしょ」テーブルの端で、健太はビールの泡を見つめたまま、小さく笑った。否定しなかった。否定できる空気ではなかった。綺麗事を並べれば、その場は丸く収まる。男は本能で動く。女は感情で動く。そんな話は、何度でも繰り返される。家に帰ってからも、その言葉は耳の奥に残っていた。健太は三十四歳。営業職。独身。婚活アプリの利用経験はある。正確に言えば、いまも時々開く。独身男性の四人に一人が触ったことのあるあの画面を、夜中に親指で滑らせる。顔、年収、趣味、休日の過ごし方。プロフィールを書くとき、いちばん困るのは「求めるもの」の欄だ。正直に書けない。――あなただけに見てほしい。――僕のことが、少しでもいいと思ってほしい。――満足させたい。失敗したくない。そんなことを書いたら、引かれる。分かっている。だから「一緒に食事できる人」「価値観の合う人」と書く。綺麗事だ。裏側は、もっと小さい。もっと必死だ。二十代から五十代まで、男性の性の悩みの一位は、意外なほど似ている。自分の魅力に、相手が参ってくれているかどうか。勃起を保てるかどうか。求められたとき、いつでも応えられるかどうか。射精そのものより先に、評価が来る。女たちが口にする「男は射精したいだけ」という言葉の、ちょうど裏側にある。健太も例外ではなかった。最初の相手は、大学のときだった。うまくいかなかった。途中で弱くなった。相手は優しく「大丈夫」と言ったが、その「大丈夫」が、何年も残った。それから部屋で処理することが増えた。マスターベーションが、性処理の第一位であることは、統計を見るまでもなく自分の生活が教えてくれる。二十代から三十代にかけて、週に二回、三回。四十を過ぎた先輩たちは、急に減ったと言う。欲がなくなったわけではない。相手の前に出す勇気が、減るのだ。会社の飲み会のあと、同じ部署の翔太(二十八)が本音を漏らしたことがある。「彼女いないし、風俗行くほうが楽なんだよな。失敗しないし。相手も仕事だから」健太は否定しなかった。日本人に限って、パートナーとの行為より風俗の比重が極端に高い。諸外国では、多くがパートナーとする。日本ではその対比が、ざっと十倍近いと言われる。一回五千円から三万円。コースによる。お金で時間と役割を買う。そこには「見られている自分」を検査される恐怖が、少ない。だが、楽なほうを選んでも、胸の奥は埋まらない。翔太は続けた。「本当は、普通に付き合って、普通にしたい。結婚とか同棲とか、普通に考えちゃう。六割とか八割とか言うだろ、男で結婚したい奴。俺もそう。なのに、いざとなると、自分がダサいんじゃないかって先に来る」四十八歳の田村は、既婚だ。子どももいる。セックスの頻度は、もう数年、年に一度あるかないかだ。性行為可能な年齢層のうち、約四十五パーセントが「年一回以下」。数字を聞いたとき、田村は苦笑いした。「不倫してる男ばかりに見えるだろ。実際は、してない奴のほうが多いくらいだ。してないのに、してるみたいに語られる」田村は、たまに店に行く。妻には言わない。言えない。妻を嫌っているわけではない。ただ、寝室で自分の身体がどう反応するか、もう確信が持てない。日本人男性の約三人に一人がEDに悩み、同時に早漏にも悩む。数字は重なる。勃たない恐怖と、先に終わる恐怖が、同じ男の中で同居する。「相手を満足させたいのに、自分が先に壊れる。それが一番、みっともない」田村はそう言って、煙草を消した。健太がアプリでマッチした女性と、三回目にホテルへ行った夜、彼は終始、相手の顔を見ていた。快感より先に、確認していた。いま、この人は僕を見ているか。嫌になっていないか。声は本物か。身体は応えているか。彼女が小さく息を呑んだとき、健太は安堵と恐怖が同時に来た。安堵は、拒否されていないこと。恐怖は、これが「いまだけ」かもしれないこと。射精の瞬間より、その前後の沈黙のほうが長い。男が欲しいのは、射精そのものより、「あなたにだけ向けられた視線」だ。独占欲というより、生存確認に近い。自分はこの人の世界で、まだ必要とされているか。終わったあと、彼女が「よかった」と言った。健太は「よかった」を、何回も頭の中で再生した。信じたい。信じきれない。翌朝、彼女からのメッセージは短かった。既読がつくまでの時間が、異常に長く感じた。男は、女性をどれくらい求めているか。数字で言えば、結婚や同棲を望む者は六割から八割。アプリに手を出す独身は四人に一人。性欲はある。処理の第一位は自分の手。第二位がパートナー。風俗はその隙間を埋める。頻度は驚くほど低い。なのに、女たちの会話では、男は常に飢えていて、常に浮気していて、常に誰でもいいことになっている。綺麗事の裏側は、貪欲さではなかった。裏側は、怯えだった。健太は、いまも女性に希望を見出している。見出していないなら、アプリを消している。消さないのは、まだ「この人だけが自分を見てくれる」可能性を、捨てきれないからだ。希望は大きいものではない。結婚式場でも、将来の子どもの顔でもない。ただ、誰かの視線が、自分のほうへ止まること。自分がその人を満足させられた、という小さな証拠。それが欲しい。人間の業は、欲の大きさではない。欲の形だ。射精欲の塊に見える男たちの内側で、本当に鳴っているのは別の声だ。――僕を、見てくれないか。――僕で、いいと言ってくれないか。――失敗しても、逃げないでくれないか。その声は、あまりに弱く、あまりに普通で、だからこそ口に出せない。口に出せない言葉は、統計の裏側に沈む。年一回以下の四十五パーセントの中に沈む。三人に一人のEDの中に沈む。週二、三回の自慰の中に沈む。風俗の薄暗い部屋の中に沈む。健太はスマホを開いた。新しいマッチが一人、表示されていた。笑顔の写真。短い自己紹介。親指が、止まる。送るか、送らないか。送ったところで、また同じ夜が来るかもしれない。勃起を気にし、持続を気にし、相手の目を気にし、終わったあとの既読を気にする夜が。それでも、彼は短いメッセージを打った。「よかったら、今度ごはん行きませんか」送信。画面を伏せて、天井を見た。綺麗事ではない。業でもある。男が女に求めるものの正体は、支配でも征服でもなく、たった一人の視線が、自分のほうへ折れ曲がることだ。それが叶うかどうかは、分からない。分からないまま、男たちは今夜も、誰かのほうを向いている。人間の業 ― 綺麗事の裏側 第68話(後編)副題:『ただ一度の視線で、救われる』送信ボタンを押したあとの数秒間、健太は自分の心拍数がわずかに上がっているのを感じていた。スマホを裏返したままテーブルに置き、冷めたお茶を飲み干す。画面が光る気配はない。たった一言の「今度ごはん行きませんか」に、どれだけの自尊心を賭けているのだろうと、自分でも呆れる。男が恐れているのは、行為そのものの失敗ではない。失敗したあとに向けられる、冷ややかな視線や、気遣いという名のみじめな優しさだ。「大丈夫だよ」という言葉が、どれほど男の芯を削るか、言った側の女性はきっと気づいていない。翌朝、出勤途中の電車の中でスマホを開くと、返信が届いていた。『はじめまして!ぜひ行きましょう。何が好きですか?』絵文字のついた無難な返答。それだけで、胸の奥の重苦しい塊がすっと軽くなるのを感じる。単純だと言われればそれまでだ。けれど、このささやかな拒絶の不在こそが、健太にとっての救いだった。週末の夜、居酒屋のカウンター席で、新しい相手と向かい合った。他愛のない仕事の話や休日の過ごし方を話しながら、健太は相手の目を見つめる。相手が自分の話で少し大きめに笑ったとき、彼の中で小さな安堵が生まれる。(この人は今、僕との時間を楽しんでくれているだろうか)頭の片隅で、またあの計算が始まる。満足させたい、失望させたくない、ダサいと思われたくない。それはどこまでも自分本位な恐れでありながら、同時にどこまでも相手を欲している証拠でもあった。居酒屋を出て、夜風に当たりながら歩く。「男って結局、射精したいだけでしょ」あの夜、同僚が笑いながら放った言葉が、ふと脳裏をよぎる。健太は隣を歩く女性の横顔を盗み見た。彼女の手が、歩調に合わせて小さく揺れている。もし男が本当に「誰でもいい射精欲の塊」ならば、こんなにも怯え、こんなにも傷つき、こんなにも回りくどい順序を踏む必要などないはずだ。風俗で割り切った時間を買えばいいし、部屋で一人で処理すれば済む話だ。それでも男たちがアプリを開き、店を予約し、緊張しながら会話を繋ぐのは、生身の誰かに「あなたでよかった」と選ばれる瞬間を捨てきれないからだ。「健太さん、次どこ行きますか?」彼女が足を止め、まっすぐに健太を見上げた。その視線が自分だけに注がれていることを確認した瞬間、健太は小さく息を吐き、微笑んだ。「少し、歩きましょうか」綺麗な言葉で装飾された欲の裏側にあるのは、どこまでも泥臭く、不器用な「承認」への飢えだ。評価される恐怖に怯えながらも、男たちはその恐怖の先にあるたった一つの視線を求めて、また傷つくかもしれない場所へと足を踏み出していく。(68話 完)>※完全オリジナル作品です。二次創作ではありません。#人間の業 #歴史の循環 #心理小説 #綺麗事の裏側この話が気に入ったら、ランキングバナーをポチッと押していただけると励みになります。
