人間の業 ― 綺麗事の裏側 第55話:「経営の理論」VS「生きていくための糧」

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人妻・熟女の不倫実話と創作官能小説 | 知佳の美貌録 0view
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    人間の業 ― 綺麗事の裏側 第55話(前編)副題:売れ残りの行方久美がフラワーベーカリーの面接を受けたのは、二十数年前の初夏のことであった。面接官は社長の松本と、その隣に座る若い女――松本の再婚相手である美咲だった。美咲は入社後すぐに「売上向上プロジェクト」なるものを立ち上げ、既存のパートたちを容赦なく締め付けた。売れ残りを勝手に持ち帰らせず、シフトを細かく切り、少しでも数字が落ちれば即交代。社員たちは陰で彼女を「寝取り妻」と呼んでいた。松本の前の妻を追い出したのは彼女だという噂が、店内に根強く残っていたからだ。面接の席で、久美ははっきりと言い放った。「売れ残りを、閉店後に持ち帰らせてください。社員やパートの自家用に限らず、近所の独り暮らしのお年寄りや、生活保護世帯に分け与える分も含めてです。その代わり、私は売上を今の1.5倍にします」美咲が嘲るような、しかし興味を隠しきれない目で笑った。「大きく出るわね。どうやって?」「パンの種類を絞ります。朝は通勤客向けの安価なものを重点的に、昼はオフィス街のサラリーマン向けにボリュームのあるものを。夕方以降は子供のいる家庭向けに甘いものを少しだけ残す。在庫の回転を早くし、売れ残りが出そうな時間帯には店頭で『本日限りの特別価格』を打ち出します。値引きを最小限に抑えれば廃棄は減り、利益は残ります」松本が眉をひそめ、美咲は腕を組んだまま久美を値踏みするように見つめた。「約束は守れるの?」「守れなければ、即辞めて結構です。その代わり、達成できたら持ち帰りを正式に認めてください」一週間の試用期間が終わったとき、売上はすでに1.3倍を超えていた。美咲は渋々、しかし約束通りそれを認めた。閉店後のバックヤードで、久美は段ボールに売れ残りを丁寧に詰めた。甘い匂いのするメロンパン、少し固くなったフランスパン、クリームの染みたクロワッサン。団地の掲示板に貼った「お裾分けあります」の紙を見た人々が、黙って受け取りに来た。久美の手元にはほとんど残らなかったが、それでよかった。家計が苦しいのは自分も同じだったが、何より「食べものさえあれば、底辺に生きる人々は平和になれる」という強い実感が、彼女の原動力だった。以前勤めていたデパート内の高級パン屋では、それが叶わなかった。それどころか、経営陣は売れ残りを産業廃棄物として処分する際、あえて久美たち生活困窮者でもある従業員の手でゴミ箱へ投げ捨てさせた。持ち帰りを一切許さず、「無料で配れば明日から買わなくなる」と言い放ち、見せしめのように廃棄作業を強制する。自分自身も明日食べるものに困っている身でありながら、目の前でまだ食べられるパンを自らの手でゴミとして破棄させられる――その屈辱と無念さが、どれほど胸を切り裂いたことか。後からその話を聞かされた知佳も、「さぞかし悔しかっただろう」と痛感せずにはいられなかった。その酷毒な体験と激しい悔しさが、久美の負けず嫌いな性分を決定的に刺激したのだ。だからこそ、フラワーベーカリーでそれを覆したかった。売上という数字で「寝取り妻」の鼻をあかし、社長を動かして、一度途絶えた持ち帰りの習慣をなんとしても復活させたのだ。病が悪化して二度と働けなくなった今も、それは久美の数少ない自慢のひとつとして、胸の奥に誇らしく残っている。あれから3年。久美はもうパンを焼くことができない。体力が追いつかないのだ。だが、Facebookを開くたび、かつての同僚たちが時折アップする「今日の売れ残り」の写真を見て、静かに微笑むのが習慣になっていた。その朝も、いつものようにタイムラインをチェックしていた。しかし、スクロールしていた久美の指がピタリと止まった。画面に映し出されていたのは、橋の欄干から湾内に向かって、茶色い紙袋から次々とパンが投げ捨てられている動画だった。キャプションには短くこう添えられていた。『廃棄。誰も食わないなら魚の餌にでも』湾内はただでさえ汚泥が溜まりやすい場所だ。投げ込まれた大量のパンを、海の魚がすべて食べ尽くしてくれる保証などどこにもない。「無料で配れば買わなくなる」という経営者の論理は、頭ではわかる。だが、世界に目を向ければ、今この瞬間も飢えで苦しんでいる人々がごまんといるのだ。大戦の空爆によって穀物生産地は荒廃し、輸送ルートすら寸断されている。苦労して作られた小麦が、本当に届くべき人々の元へ届かない現実。それなのに、目の前では食べられるはずのパンが汚れた海へ投げ捨てられている。久美はスマホを伏せ、ゆっくりと天井を見上げた。「どうにかならないものか……」声にならない不甲斐なさと虚無感の混ざった吐息が、静かな部屋に落ちた。(55話 後編に続く)人間の業 ― 綺麗事の裏側 第55話(後編)副題:罪の深淵(しんえん)久美の部屋を包む静寂の中で、スマートフォンだけがあかるく無機質な光を放ち続けていた。画面には、海へ投げ捨てられるパンの動画が何度も、何度もループしている。「……愚かな」絞り出すような久美の声は、小さく震えていた。不快感と激怒が、胸の底からマグマのように湧き上がってくる。橋の欄干からパンを投げ捨てていた男の顔を、久美は知っている。かつてフラワーベーカリーの経営方針を巡って美咲と結託し、「効率」と「ブランド価値」ばかりを口にしていた元店長の男だ。男が投稿した『誰も食わないなら魚の餌にでも』という言葉。そこに滲むのは、命の糧である食べものに対する冷酷な蔑視だった。「魚が食うわけないじゃない……油と砂糖が固まったパンが、海の底で腐って汚泥を増やすだけよ」久美はベッドの縁を力任せに握りしめた。世の中の「経営者」たちは、示し合わせたように同じお題目を唱える。「無料で配れば客が買わなくなる」「価値が下がる」「事故が起きたら誰が責任を取るのか」――保身と目先の利益で塗り固められた綺麗事だ。だが、その陰でどれほどの食べものが「ゴミ」として処分されているか。パンだけではない。まだ食べられる弁当、形が歪なだけの野菜、賞味期限が数日後に迫った加工食品。毎日、毎日、何千トンという食料が、まるで汚物であるかのようにトラックの荷台へ投げ込まれ、焼却炉へと運ばれていく。その一方で、世界のどこかでは、そしてこの国の見えない路上や狭い部屋では、今日のひとくちを乞う人々が飢えに震えている。大戦の不条理な空爆によって、農家が手塩にかけて育てた穀物地帯は焼き払われ、命を繋ぐはずの小麦が海を渡れずに途絶えている現実があるというのに。「生産効率」を追い求め、溢れるほど作り、売り残れば「経営上のリスク」と言い換えて平然と捨てる。人間が生きていくための尊い営みが、いつからこんな「破棄前提のゲーム」に成り下がってしまったのか。その日の午後、久美の自宅を訪ねていた知佳は、久美の重々しい表情とスマホに残された動画を見て、息をのんだ。「これは……ひどすぎます」知佳の言葉には、久美とはまた違う種類の怒りと強い拒絶が籠もっていた。「知佳さん。デパートのパン屋で働いていた頃ね、毎晩ゴミ袋に詰め込まれるパンを見ながら、私、自分が人間の皮をかぶった悪魔になったような気がしていたのよ」久美は静かに、しかし刺すような眼光で知佳を見つめた。「食べられないんじゃない。食べさせないのよ。持てる者が、持たざる者へ与えることを『損』だと計算するから。人間はね、お腹が満たされれば余計な争いなんて起こさない。食べものさえ行き渡れば、底辺の暮らしにだって平和が訪れるの。それを……自分の利益を守るためだけにゴミにして捨てる。これは経済じゃない。ただの『罪』よ」知佳は深くうなずいた。久美がかつて命がけで勝ち取った「売れ残りの持ち帰り」は、単なるパートの特権などではなかったのだ。それは、歪んだ資本主義の暴力に対する、一人の人間のささやかな、けれど必死の抗戦だった。「綺麗な店構えをして、SDGsだのフードロス削減だのと口先だけで謳う企業ほど、裏ではこうやってゴミ箱に鍵をかけている」知佳は画面の中の濁った海を見つめながら、拳を握りしめた。「食べものを粗末にする社会が、人間を大事にするわけがない。こんな不条理を『仕方ない』で済ませていいはずがないわ……」スマホを伏せた久美は、深く、重い息を吐き出した。病に侵された体では、もう抗うためのパンを焼くこともできない。だが、胸の中に燃え上がる怒りの炎だけは、どれほど体を蝕まれようと消せそうになかった。「綺麗事の裏で、私たちは一体何を捨て続けているのかしらね……」久美の問いかけは、答えのないまま、重く冷たい空気の中に溶けていった。(第55話 完)>※完全オリジナル作品です。二次創作ではありません。#人間の業 #歴史の循環 #心理小説 #綺麗事の裏側この話が気に入ったら、ランキングバナーをいただけると励みになります。
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