人間の業 ― 綺麗事の裏側 第38話:人間(特に性愛と結婚)の徹底的な商品化・損得勘定と、その裏に潜む歪んだ二面性(聖女と娼婦の二重生活)

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    人間の業 ― 綺麗事の裏側 第38話(前編)副題:契約の純潔(前編)/女たちの狩場「で、今度のターゲットは?」金曜日の夜。恵比寿の会員制バーのラウンジで、玲奈がシャンパングラスの縁を指でなぞりながら聞いた。照明を落とした店内には、ドレスアップした女たちの低く熱を帯びた声が充満している。どこを見渡しても、スマホの画面に映る男のプロフィール写真を品定めし、競うように「釣果」を報告しあう女たちばかりだ。アプリの画面を指でスワイプする音、年収フィルターの数字を弾く音。ここはいかに優秀なオスを狩り、いかに自分の市場価値を高く売り抜けるかを競う、女たちの血生臭い現代の狩場だった。「年収二千万円超の医師。四十二歳、独身、都内に実家持ち」美咲(28)は脚を組み替え、冷めた声で答えた。画面に映る男の顔写真は、どこか頼りなげで、真面目だけが取り柄といった風貌だ。「いいじゃない。で、例のメッセージは打ったの?」「もちろん」美咲は自分のスマホ画面を玲奈に見せた。画面に表示されているのは、美咲が男へ送った送信済みメッセージのテキストだ。『私、過去のトラウマがあって……性行為抜きでなら、結婚してあげてもいいですよ』玲奈が吹き出した。「出た、『性抜き婚』提示! 相変わらずエグい戦略ね」「エグくなんてないわ。ただのスクリーニングよ」美咲はカクテルに添えられたオリーブを口に運ぶ。「今のアプリ市場なんて、下心が透けた男ばかりじゃない。だからあえて最初に『性行為はお断り』って突きつけるの。それでも食いついてくる男は、二パターンに分かれるのよ。一つは、本気で女に免疫がなくて『清純な私』に夢を見るピュアなバカ。もう一つは、自分のスペックに自信がなくて、条件を出されても『断られたくない』一心で頷いちゃう弱気なハイスペ」「今回の医者は?」「後者ね。返事は三分で来たわ。『美咲さんの意思を尊重します。存在そのものを愛したいです』だって」二人は顔を見合わせ、クスクスと声を殺して笑った。周りのテーブルからは、他の女たちの声が漏れ聞こえてくる。「私、今月で年収一千万越え三人とアポ組んだよ」「えーすごーい! 私なんて先週のコンサル、実家が太いからってホテル誘ってきたから即ブロックしたわ」「男なんてさ、要はいくら出せるかで価値が決まるよね」競い合うように男の「スペック」と「従順さ」を査定し、マウンティングを繰り広げる女たち。自分をどれだけ高く売れるか。どれだけ男に「コスト」を支払わせ、自分は「痛手」を負わずにいられるか。美咲はそのゲームの頂点に立っている自負があった。「でもさ、美咲」玲奈が煙草に火をつけながら、じっと美咲の顔を見た。「本当に性行為抜きで結婚して、満足できるの? 相手は四十二の男よ?」「満足も何も、最初から目的が違うでしょ」美咲は冷ややかな目を向けた。「結婚なんて、生活のインフラ契約よ。高年収の医師の妻という肩書、安定した生活費、都内の広いマンション。それを手に入れるための対価が『妻という置物になること』なら、こんなに安い買い物はないわ。性行為なんて面倒な業務、免除されるなら願ったり叶ったりじゃない」「相変わらず割り切ってるわねぇ……。まあ、私たちが『週末』にどんな汗を流してるかを知ったら、そのお医者様、泡吹いて倒れるでしょうけど」玲奈がニヤリと笑う。美咲の口元にも、計算された笑みが浮かんだ。平日は大手IT企業の派遣社員として清純なOLを演じ、マッチングアプリでハイスペックな男たちを「性抜き」の条件で弄ぶ。だが、金曜の夜が明ければ、彼女たちはまったく別の顔を持つことになる。歌舞伎町の雑居ビル。ローションと消毒液の匂いが混ざり合うシーツの上で、見知らぬ中年男たちの脂ぎった体を笑顔で受け止める、「全力!!乙女坂46」の風俗嬢という顔を。「さ、行きましょうか。今夜も『週末のシフト』が入ってるわ」美咲はグラスを置くと、上品なバッグを肩にかけた。ハイスペックな男には「清純な聖女」として一生の保障を要求し、夜の街では「商品」として割り切って金を稼ぐ。男をスペックで競い合い、効率よくリソースを絞り取るこの街で、美咲の「計算」は完璧なはずだった。あの、飢えた目をした「一文無しの男」に出会うまでは――。(第38話 後編へ続く)人間の業 ― 綺麗事の裏側 第38話(後編)副題:契約の純潔(後編)/週末の顔と平日の仮面美咲は、カフェの窓際で深く脚を組んだ。白いブラウスの胸元は、計算し尽くされた深さで二ボタンだけ開けてある。清純さと、ふと覗く品のある色気。アプリで約束した高年収の医師(42)との初対面だ。「性行為抜きでなら、結婚してあげてもいいですよ」あの一文をメッセージで投げた時、男から返ってきたのは予想通りの言葉だった。『もちろん尊重します。美咲さんの存在そのものを愛したい』年収二千万円超、大手病院勤務、実家は都内の地主。条件は完璧だ。男は定刻通りに現れ、清潔なスーツと気遣わしい笑顔で美咲を持ち上げた。「美咲さん、写真以上に魅力的で……正直、少し気後れします」「そんなことありません。今日はお互いの価値観をゆっくり知れたらと思って」男が「体の関係を急ぐつもりはありません」と真顔で宣誓した時、美咲の内側で何かが冷たく嘲笑った。(本気で信じている。この『条件』を。私が週末、どんな汗と体液に塗れているかも知らないで)【週末の顔:落差の曝露】その夜、美咲は歌舞伎町のビルの一室にある店舗へ出勤した。グループ店「全力!!乙女坂46」。昼間のカフェでの清楚な装いは消え、安っぽいローションとタバコの煙が充満する白いシーツの上で、彼女は「商品」として横たわっていた。「おい、もっと声出せよ。オプション払ってんだからさ」「……はいぉ客さま、すごくおっきいです……っ」50代の冴えない中年客の脂ぎった体を全力で受け止め、過剰な反応を演じる。シャワー室で客の残滓を冷水で洗い流し、パウダールームの鏡の前で「平日の顔」を塗り直す。「今日の客、腰重くて超疲れたわ」隣で煙草をふかす玲奈が、乾いた声で呟く。「そういえばアプリの医者どうなったの? 『性抜き婚』の釣り糸、かかった?」美咲はリップを引きながら、鏡の中の自分に冷たい笑みを向けた。「大物よ。真顔で『君の価値観を尊重する』だって。性行為なしで私の生活費と世間体を保証してくれるってさ」「ウケる。こっちで汚いオッサンの精液浴びて稼ぎつつ、あっちで『清純な妻』として綺麗に暮らすわけね。完璧なリスク分散じゃん」ふたつの顔、ふたつの世界。どちらも美咲にとっては、ただの「市場取引」に過ぎなかった。【一文無しの飢餓:実態の追及】二日後。美咲はまた別の男と会っていた。28歳。アプリのプロフィールには「フリーランス」とあったが、目の前に現れた男の服は首元がヨレ、靴の踵は擦り減っていた。「すみません、本当はもっと良い店に連れて行きたかったんですけど……」話を聞けば、怪我で現場仕事をクビになり、家賃も滞納気味で貯金は底をついているという。完全に「一文無し」の男だった。「僕なんかじゃ、美咲さんみたいな綺麗なお姉さんと釣り合わないですよね」男は自虐的に俯く。だが、その会話の端々、美咲の胸元や脚に注がれる視線には、隠しきれない異様な「飢餓」が宿っていた。高スペック医師が持っていた「余裕」や「紳士のポーズ」ではない。明日をも知れぬ男が、目の前の肉体と温もりに縋り付こうとする、動物的な執着と渇望。「綺麗なお姉さん……タイプでしたね。胸元も、少し開けていらっしゃるし」男のその直球すぎる、なりふり構わない一言に、美咲の胸の奥が不気味に蠢いた。計算された営業用スマイルではない、獲物を見つけた猛獣のような笑みが唇に浮かぶ。彼女は思い出した。SNSで見かけた、28歳無一文の男が12歳上のバリキャリ女を落としたというゴシップ記事を。女の方はただ「若い男を従わせている自分」をSNSに載せたいだけだった。ホテル代を女が払い、手だけを写した「匂わせ写真」で満たされる薄っそうとした承認欲求。しかし、その空疎な女の穴を埋めたのは、男側の「金もプライドも捨てて女にしがみつく、生々しいまでの飢餓感」だったのだ。理屈や条件ではない。お互いの「空洞」と「飢え」が、最悪の形で噛み合った瞬間。「ホテル、取りましょうか。私が払うから」美咲は淡々と言った。「インスタ用に、あなたの手だけ写した写真が撮りたいの。完全に見栄だけど……いいでしょ?」男の喉仏がゴクリと鳴った。プライドなど最初から持ち合わせていない男は、飢えた目で力強く頷いた。【結末:二つの契約書】ホテルのベッド。スマートフォンのカメラで「匂わせ写真」を一枚撮影した後、美咲は自らブラウスのボタンをさらに一つ外した。「アプリでは『性行為抜き』って男たちを焦らしてるけど……あなたみたいな飢えた犬には、別よ」男が野生のような勢いで覆いかぶさってくる。美咲はその荒い息づかいと体温を受け止めながら、無機質な天井の柄をただ見つめていた。(平日は『聖女』のフリをして生活の保障を買い、週末は『娼婦』として体を売り、裏では飢えた男に肉体を与えて虚栄心を埋める。どれも全部、ただの取引。私の中身なんて、最初から空っぽなんだから)翌朝。スマホには、あの医師からの丁寧で紳士的なメッセージが届いていた。『昨日はありがとうございました。美咲さんのような凛とした女性と出会えて幸せです。ぜひ次回は、私の行きつけの和食店で……』美咲は返信を打たず、トーク画面を閉じると、玲奈にLINEを送る。「一文無しの若いの、買ってみたわ。あの飢えてる目が、こっちの空洞に妙にはまる」すぐに玲奈から返信が来る。「わかるー。高スペ医者は『終身雇用契約』。一文無しは『使い捨ての感情燃料』。完璧な使い分けね」鏡の前でリップを塗り直す美咲の顔は、今日も完璧に「美咲」として完成していた。「『性行為抜きでなら結婚してあげる』……」鏡の中の自分に向かって、美咲は低く呟く。「本気にしちゃって可愛いわね。本当に『抜き』で満足できる男なんて、この世にいるわけないじゃない。みんなどこかで、狂うほど何かに飢えてるだけ」言葉は虚空に消え、完璧に塗られた仮面の下で、黒い空洞だけが静かに笑っていた。(第38話 了)>※完全オリジナル作品です。二次創作ではありません。#人間の業 #歴史の循環 #心理小説 #綺麗事の裏側この話が気に入ったら、ランキングバナーをポチッと押していただけると励みになります。
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