拐かし (かどわかし) 第十五

拐かし (かどわかし) 第十五の画像
画像1枚
人妻・熟女の不倫実話と創作官能小説専門ブログ 元ヤン知佳の美貌録 0view
    動画リンク0本 埋め込み動画0本
    「さて、あがるぞ」 孫兵衛は舟の舳先からひょいと中州に飛びおりた。 とたんに、ズブッとくるぶしまで泥に埋まり、危うく転倒するところだった。「こいつはいけねえ、地面が柔らかいときてやがる。 気を付けろ」 続いて、忠八が中州に飛びおりたが、やはり泥に足を吞まれてしまった。 歩くのも一苦労だった。 ふたりは重い壺を抱え、泥に足をとられながら葦を掻き分け進み、ようやく乾いた場所を見つけそこに這い上がった。 明るいときであれば、もっと良い隠し場所が見つかるやも知れなかったが、提灯ごときささやかな灯りではとうてい無理だった。 それにこんなところでいつまでも提灯をともしていて、隅田川を行き交う舟の舟頭にでも見つかれば面倒だ。 なんとしても早く始末しなければならない。 ふたりは犬にでもなったつもりで着ているものが汚れるのも気にせず手で穴を掘った。 沼地だけあって土は柔らかい。 しばらく掘ると、じんわりと水が浸みだして来た。 穴の中に壺を収め、上から泥をかぶせた。「兄ぃ、目印はどうしようか。 暗いので、寄洲のどのあたりか、さっぱり見当がつかねえ。 次来たとき、探しようがねえぜ」「ふん、そんなことか。 こうするさ」孫兵衛はやにわに腰の刀を抜いた。 ギョッとした忠八は、思わず身を引いた。 いったん抜き放った刀身と鞘を、壺を取り囲むように地面に深く突きさした。「これで、場所が分かる」「刀がもったいねえじゃねえですかい?」「ふん、どうせ、川の中に捨てるつもりだったのさ。 こんなものを持っていたら、足がつくもとだ」「よし、戻りますぜ」 場を離れた。 だが、帰りはもっと大変だった。 荷舟はいわばぬかるみに座礁しているだけに、なんとしても中州の泥から舟首を引き離さなければ流れに乗れない。 舟に乗り込んだ忠八が棹を使い、中州に残った孫兵衛が舟体を押した。 それでも、びくともしない。 しかも大粒の雨まで降りだした。 ふたりともずぶ濡れになって力を振り絞った。 ようやく舟首が泥から抜け出したが、勢い余って、孫兵衛は危うく泥水の中に突っ伏してしまうところだった。 腰のあたりまで泥水に浸かり、泥の中を泳ぐようにしながら舟に辿り着き、舟縁から這い上がった時には精魂尽き果てて倒れ込んでしまった。 一方の忠八も疲れ切って、櫓を漕ぐ腕に力が入らない。 山谷掘の桟橋に辿り着いた時には、もう夜明けが迫っていた。 ふたりとも中州で泥だらけになったが、幸い篠を突くような雨が降りしきってるだけに、さほど人目を引くことも無く、舟から降り立つことが出来た。「どうにか、うまくいったな。 さて、湯屋に行って、ひと風呂浴びましょうや」「俺はこうしちゃいられない。 明け六ツ (午前六時ころ) の鐘と前後して、客人は花魁と後朝の別れをして妓楼を出る。 それまでに、新次郎の草履を下足箱に戻しておかねばならない」「新次郎は雨に中、朝帰りというわけだな」「山鹿屋に帰ったら、自分がさらわれたと知らされ、狐につままれた気分になろうよ。 親父に大目玉を喰い、もう二度と丁には来れまいよ」 孫兵衛は疲れを押して、吉原妓楼 海老屋に戻った。 翌日のことである。 隅田川の岸辺に、孫兵衛と忠八が暗然とした顔で佇んでいた。 ふたりとも笠を被り、蓑を纏い、足元は足駄だった。 その足元に、濁った水がひたひたと押し寄せている。 激しい雨脚は依然として衰える様子もない。 ふたりの視線の先には、増水した隅田川の流れがある。 葦などが生い茂り、緑の小鳥のようだった中州は完全に水没し、その痕跡すら見えなかった。「水が引いたら、寄洲はまた姿を見せるよな」 孫兵衛が川面を見つめたまま、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。 言われた忠八も、濁った川面から視線を離さない。「ああ…、しかし、形が変わってるだろうなぁ。 こんだけの大水だ。 あちこちが削られ、逆に、あちこちに泥が溜まるだろうからなぁ…」「多少、形が変わっても、目印さえ残っていれば、埋めた場所は分かるはずだぞ」「恐らく、無理だろうなぁ。 刀も鞘も押し流されたろうよ。 さもなくば、泥に埋まってる」 孫兵衛は押し黙った。 自分でも、埋めた壺が見つかるとは思っていなかった。 それでも、相棒に確かめずにいられなかったのだ。 忠八が五兵衛の方を向いた。「あ~ぁ。 七百八十九両……。 こういうのを、なんとか言わなかったか? 頭の奥がムズムズしているんだが、どうにも思い出せねぇ」「骨折り損のくたびれもうけさ」「あぁ、そうだったそうだった。 まさに骨折り損のくたびれもうけだったなぁ」「ハハハ、まったくだ」 孫兵衛は笑いながら、大金を得ることには失敗したが、山鹿屋に一矢を報いることはできたと思った。 つられて忠八も笑い出した。「俺は五両二分の手間賃を得たが、丁でパッと使っちまうつもりさあね」 ふたりはきっぱりと諦めたつもりなのだが、やはり川べりから、なかなか立ち去れなかった。完>
    DUGAの人気動画
    関連記事

    記事についての意見を送る

    動画が見れない、ワンクリック広告があるなど、ページに問題がある場合はご意見をお聞かせください。

    サイト名
    人妻・熟女の不倫実話と創作官能小説専門ブログ 元ヤン知佳の美貌録
    記事タイトル
    拐かし (かどわかし) 第十五
    ご意見の内容
    メッセージがあればお書きください
    閉じる